会員手記最新号 (34号)  2003/9/1UP
≪愛は円脱を救う…Part1…髪があっても、なくても幸せになろう≫  のぶちゃん  
  
 おそらく、この会報を読んでいるほとんどの人が、「血液中のリンパ球が、自分
の毛根を攻撃し、髪や体毛が抜けて無い。それ以外には、どこにも異常がない」、と
いう状態ではないでしょうか?
 この病気は、基本的にはストレスとは無縁だと言われています。私も実際、病院
で、「ストレスで全ての毛が抜ける事はありえない!」と言われました。果たして本
当に、ストレスは関係ない、と言えるでしょうか?
 私たちの病気は、ご存知の方も多いかと思いますが<自己免疫疾患>といい、‘自
分で自分を攻撃してしまう’病気です。私は、この、‘自分で自分を攻撃してしまう
’病気のほとんどが、“うまく自分自身とつきあえない人”だと考えています。
 いまのあなたは、‘自分の事が嫌い’だったり、‘自分はなんてダメな人間なんだ
ろう’とか心の中で思っちゃったりしてませんか? もしあなたがそう感じているの
なら、できるだけ時間をかけて、“自分が嫌いな部分(短所)=自分で自分を攻撃し
ている部分=自己免疫疾患の原因追求”をしてみることを、お勧めします。
              ............(中略)............ 
 今の世の中、髪があろうかなかろうが、世間に出れば、あなたのことをいじめて
くる人はたくさんいます。人が幸せだとムカツク人もたくさんいます。そんなイヤな
人たちに囲まれても「私は幸せだ」と思えなくては、今の時代、幸せにはなれないん
じゃないでしょうか?
 ぜひ、この文章のタイトルにもなっているように、「髪があっても、なくても、幸
せになろう」と心から思ってください。そしてあなたに合った<幸せ>を、ぜひ、つ
かんで下さいね♪


≪円脱を通して得てきたもの…後編≫   JUNKOさん
  

再びロンドンに戻りウィッグでの生活が始まった。気に入ったウィッグを手に入れたことでとても気持ちが楽になった。勿論、問題はたくさんある。ずれてしまった時、風や雨で大変な時、人にウィッグのことを聞かれた時・・・。そして、ウィッグをとった自分を見る時。行動の範囲が広がっていくのと反対に、気持ちは落ち込む一方であった。なぜなら、治る気配を感じるどころか、足や腕の体毛やまつげや眉毛まで抜け始めていることに
気付いていたからである。
「こんな時、皆はどうしているのだろう」とまだ見ぬ円脱の人たちにいつも心の中で問いかけていた。抜け始めてから数ヶ月後の夏、白っぽい産毛が生えだしてきた。信じられなかった。親友たちは「ベビーヘアーが生えてきた!」と自分のことのように喜び私の産毛にキスを浴びせた。「治るのかもしれない」と初めて感じた。しかし、その産毛はすぐに抜けてしまったのである。喜んでいた分ショックで気がおかしくなりそうだった。精神的な苦痛は更に増し、日常の小さな物音ですら耳をつんざくように感じ、耳鳴りが止まらず、部屋に帰ると大きなベッドの端っこで吐き気に耐えながら耳を押さえてうずくまり・・・。ところが、である。よく見ると黒っぽい毛が生えだしてきたではないか!肌を覆い隠すには時間がかかりそうだが確かに髪の毛である。その弱々しくいとおしい一本一本の髪の毛のおかげで、忘れかけていた「治る」という希望が徐々によみがえってきた。ちょうど9月、私が学校を無事卒業したころである。
              ............(中略)............
この病気において、1年半は短い部類に入るであろう。それにもかかわらず、上述の通り、情けなくも私はこの病気に振り回され、大きな挫折と屈辱を感じ続け、決して強く過ごしてきたわけではなかった。しかし、その中から学んだことは山ほどある。人の愛情への感謝、自分の弱さ、自覚の大切さ。これまでの人生も、この病気の時も、今現在も、周りの助けや愛情なしではやっていけないことは勿論認識している。では、私自身は何をしてきたのだろうか?この病気の間、私は、「私という存在」全てをネガティブにとらえ、前に進むために昨日までの私を切り捨てる傾向があった。自信がもてないがゆえ、精一杯前向きのふりをしていただけなのであろう。
しかし、私の肉体も精神も実に一生懸命闘ってくれていたではないか。うずくまり泣いている私、悲しみのあまり動くことができない私、泣き叫びながら路頭に迷っている私、そんな私であっても頑張って乗り越えてきたからこそ今の私がいるのだ。私は十分よくやってきたのである。それに気付き、切り捨ててきた過去に振り返り、それぞれの私に手を差し伸べ、抱きしめ、認めてあげることで、私はやっと一体に戻り、再び自信をもって前向きに生きていくことができるようになった気がする。頑張ってきた私にきちんと気付いてあげて、限界だと感じた時には思いっきり自分を甘やかし、解放し、時には子供のようにほめてあげること、あれからはそういう時間も自分に与えてあげたいと思っている。
私はこの病気を通して考え方や物の見方が非常に変わったようである。「自分を大切にする」ことを真剣に学んだこの期間は、良い意味で私の人生の中での大きなターニングポイントになったに違いないと感じている。(終)