●『ハゲ極道』 早冬ちゃんマン
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| 小学校6年生の夏休み、わたしの髪はほとんどなくなりました。「ありえんで。」と布団の中で100回、いや1000回はゆったでしょう。つらい” と言うよりも、“おどろき”のほうが強く悲しむヒマがありませんでした。『かつら』という言葉に、ものすごく抵抗があって、小6〜中2までは帽子で通学していました。
中略…
3月のセミナーでも新しい友達もできたし、病気の相談ができるというありがたさを身をもって感じました。「死のう」と思った事がないわけじゃないけど、今を大切に生きていきたい。この病気にならなかったら良かった」と思った事がないわけじゃないけど、この病気にならなかったら、今 私がもっている物をたくさん失うだろう。泣き虫病を治して(今すでに泣いている)前向きに生きていきたいと思っています。これからも、この病気と長い付き合いになり そうです。ハゲでよかった〜!! サイコウ☆
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●『那須旅行の思い出』 うのっち
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前略…
前回も思ったのですが、会の方々は共通の体験がある安心感からか、とくに病気の話はしなくてもすんなりとけこんじゃうんですよね。それにみなさんとっても優しくて思いやりのある人ばかりなのです。その晩はみんなと親交を深め酒をくみかわし、そして露天風呂へ!このお風呂がとっても気持ちよかったですね〜。
私は山形でも温泉たまに入りに行きますが、その時は化粧を落とさないので(落としたらのっぺらぼうになっちゃうから!)、どこかすっきりし切れないんです。でも那須ではゴーシゴシ洗って、きれいさっぱり「素顔」になって、とっても清々しい気持ちになりました。翌朝のもやのたちこめる中での露天も最高でしたね! 翌日からの2日間では、みんなでビール園のレストランで美味しい地ビールを味わったり、牧場に行ったり、のんびりゆったり過ごせて、学生なのにこんな贅沢いいのかなぁ?と思ったほどでした。
これを読んでいるみなさんも、まだ旅行に参加したことがなかったら、ぜひ参加してみてください、楽しいですよ〜!もしこういう旅行に参加しなかったら、絶対に知り合いになれないような遠く離れた所に友人ができるのです!ここでの出会いは、これからの自分にとってすごく財産になってゆくのだろうな〜、と今、感じています。
今回お世話になったみなさん、本当にありがとう!次に会える日を楽しみにしています。
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●『円脱を通して得てきたもの(前半)』 JUNKOちゃん
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2001年の1月、私はロンドンへ留学をした。留学は20代でやっておきたかったことの一つであった。順調だった仕事をやめたことや家族・友人そして彼と1年近く離れてしまう理由から少々センチメンタルな感はあったものの、新しいスタートへの期待と喜びでいっぱいだった。
出発前夜、シャンプー時に信じられないほど髪が抜けた。何が起きたのか瞬時に理解できなかった。しかし、仕事の引継ぎ、壮行会、新年会、留学準備などで精神的・体力的にも疲れが溜まっていたのは確かだし、すぐおさまるものと気にしないことにし、明日のためにベッドに入った。出発の朝、頭皮がなんとなく痛痒かった。枕もとを見ると、そこには抜けた髪の毛が大量に落ちており、ブラシを通すとズルっと束で抜けた。そのなんともいえない感覚にいやな予感がした。しかし今日からロンドンへ行くのである。海外生活では大変なことが山ほど出てくるだろう。どうなっていくのかなど特に考え余裕もなく、慌しく荷物を詰め、空港まで家族に見送られながら日本を後にした。
…中略
春休みに、心機一転引越をし、以前から行ってみたかったケニアへの旅行を計画した。もしケニアから戻っても「だめだ」と思うようなら帰国しようと決心しながら…。結局この旅行が良い転機となった。広大な自然、たくましい野生動物、貧しくも親切で素直なアフリカ人。
サバンナでキリンを見ながら草の中に寝転がる。夕日で空がどんどん赤く染まっていく。無限に広がる美しさと厳しさ。私はこの大きな自然の一部であるにもかかわらず、ただ単に自分中心に突き進みそして悩んでいるだけの勝手で小さな人間にしかすぎなかったのだとあらためて気づかされた。与えられるだけでなく私からも何かしていきたいと、前向きな一歩を踏み出すきっかけをケニアで得たような気がする。
…中略
うちは家族の仲が良く、特に末っ子の私はいつも話題の中心だったように思う。それ故に、滞在中は腫れ物に触る感があったことは否めない。また、仕事ではなく留学であるから事実チャンスはまだあるし、ここで一度戻ってくれることを希望しているのは痛いほど良くわかった。それでも、成田空港で、ロンドンへ再出発する私を黙って見守ってくれた家族、その時の情景を私は決して忘れない。
(続きは次号)
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