私は高校一年生の夏に10円玉ぐらいの円形脱毛症を2ヶ所見つけた。見つけた時は、自分の親戚にも円形脱毛症になり、すぐに治った人がいたので自分もすぐに治るのだろうと楽観的に考えていた。しかし、その半年後、自分の思いに反して頭髪、眉毛、まつげ、体毛がなくなってしまった。まさか自分に毛がなくなるなんて、と何度も思い、生きている事が嫌で仕方がなく、生きている感じがしなかった。そして、将来がすごく不安だった。
頭髪がなくなり、親が心配してかつらを買ってくれ、私は高校にカツラをかぶって通学した。学校には、本当に通っているだけの毎日で誰かと話をするわけでもなく、暗く沈んでいた。当時、軟式テニス部に入部していたが、友達も少なく、友達は部活の友人だけだったような気がする。大学に入っても、通学時間片道2時間30分ということもあり大学を欠席することが多くて、部活やサークル活動をしていなかった私は、友達がほとんどいなかった。そして円形脱毛症のことを友達に話したことがなく、円形脱毛症が他人に知られることが怖かった。
大学4年生の時にインターネットで円形脱毛症のホームページを見た時、衝撃を受けた。自分と同じような円形脱毛症の人が明るく前向きにオープンに生活をしていたからだ。また、その時にちょうど「五体不満足」という本にも出会いその本にも衝撃を受けた。表紙を見たとき、きっと暗い内容の本だろうと思った。しかし、親に薦められ本を読んだが、明るさと強さが伝わってくる本であった。積極的に行動し、自分に自信を持っているところに強さを感じた。高校、大学時代を振り返ってみると常に自分はなにか嫌なことがあれば円形脱毛症のせいにして、内に閉じこもっていた。
大学を卒業したが、就職をしなかった私は3ヶ月ぐらい何もしなかった。そして、思い切ってカツラをはずし、スキンヘッドの頭で生活し、バイトをしてみた。外出をするときは、ニット帽をかぶり、仕事をするときは、バンダナをしている。スキンヘッドの頭で海水浴にも行った。スキンヘッドの頭で生活をしてみて分かったことは、まわりの人は自分が思っているより円形脱毛症のことを気にしていないということだ。頭に視線を感じる時もあるがその時は、自分は別に悪いことをしているわけではない、病気で治らないのだからしょうがないと開きなおっている。私が、なぜスキンヘッドの頭で生活をしようと思ったのは、自分の周りの人に引け目を感じてしまったり、行動範囲が狭くなってしまうような気がしたからである。だからといってカツラで生活をしたらいいのか、スキンヘッドで生活をしたらいいのかは、人によって違うと思うし、それは分からない。ただ、これからの私は仕事、スポーツ、勉強、旅行に積極的に取り組み自分に自信を持ちたいと思っている。
病院に通院して8年目になるが、かかさず通っている。頭に毛が生えた時期もあったが今も眉毛、まつげ、髭以外の毛がない。治らないと思いあきらめてしまおうとする気持ちも強いが、これからも根気強く通院をしようと思っている。
セミナーや発送作業に参加して円形脱毛症で悩んでいるのは、自分一人ではないということを実感した。一人で悩んでいるより、いろんな人とつながりを持つことで自信も生まれてくるし、自分もがんばらなくてはならないと前向きになれる。6月のセミナーに参加した時に会報発送作業に誘ってくれた阿部更織さんや会報発送作業の時に原稿を書くきっかけを作ってくれた運営スタッフの皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。セミナーや会報発送作業で知り合った仲間には自分に刺激になることがありました。これからも宜しくお願いします。
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